「人-疫学-人」と「東洋の知」
第8代日本疫学会理事長
大阪大学医学系研究科社会環境医学講座公衆衛生学教授
磯 博康
疫学は「人の集団での健康事象の多寡を観察し、その発生要因、促進・抑制要因を分析し、これらの因子に介入することで健康問題の解決を図る学問、そのための方法論を提供し、実践に結びつける学問」であり、「ポプレーション・サイエンス」と呼ばれるものです。
すなわち、人の集団を対象として、多くの人によって支えられ、進めることのできる学問であり、ご挨拶の副題として「人-疫学-人」を挙げさせていただいた理由です。
本学会は2013年1月より、学会事務局の機能継続と充実を図るため、これまで理事長の所属機関に事務局を置いていた形態から、一か所に固定化することとなりました。学問の薫りの高い東京本郷にて新しい学会事務局がスタートし、会員へのサービス、学会の各委員会の事務的支援、国際化のための諸活動の充実を進めます。
2014年1月1日の会員数は1,665人、1991年学会発足当時の243人に比べて6倍以上となりました。その間、多くの諸先輩の先生方のご尽力により、学問としての疫学の重要性が、臨床医学、薬学、看護学等の他の学問分野でも認知されつつあります。今後さらに学問としての疫学のステータスを高め、他の分野の研究者、実践家、一般の方々にその意義の理解を深めていただく必要があります。そのため、広報活動、セミナー等の研修活動をさらに強化するとともに、自由闊達な議論の場である「若手の集い」活動のさらなる支援、他分野の学会との共催活動を介した交流を進めます。さらに学会の「顔」である学会誌「Journal of Epidemiology」を、今後さらに魅力的でインパクトの高い学術雑誌(2012年現在のIF=2.113)とするため、編集・出版業務の拡充、編集委員・査読委員の国際化等により、国内外からの優れた論文の投稿と掲載のさらなる増加につなげます。
もう一つ挙げさせていただいた副題は、「東洋の知」です。少子化・高齢化に伴う様々な健康問題は、日本のみならず世界的な課題ですが。これらの健康問題は今後益々複雑化・多様化するため、その対処には、疫学の知識、技術、経験を有する人材の育成の重要性がこれまで以上に大きくなってゆくものと予想されます。その際、健康問題は世界規模であるため、「西洋の知」のみでは対処は難しく、「東洋の知」をより積極的に活用してゆく必要があります。西洋の知は、個々の分析力に卓越したものがありますが、東洋の知には、協調、統合、継続、循環の概念に基づいた包括力に強みがあります。日本がアジアのリーダーとして様々な分野での活躍が期待されている事情を鑑みますと、疫学分野において私たちには「東洋の知」を有する強みとそれを活用できる立場にあることを強く意識する必要があります。日本の歴史を振り返りますと、中国、韓国等から当時の先進的な文化、経済、政治そして学問が日本にもたらされました。日本の疫学はアジアにおいて先進的に、環境汚染、感染症、慢性疾患、精神疾患等の問題に対処し、環境衛生、産業保健、母子保健、学校保健、成人・老人保健、精神保健等の分野での多くの実績を有しています。これらの実績とこれまで培った知を持って、他の諸外国からの知も学びながら、疫学における「東洋の知」を形成することは、本学会の使命の一つと考えます。
その意味でも、疫学の研究者はもとより、臨床医師、歯科医師、薬剤師、看護師、保健師、栄養士、理学士、作業療法士、心理士、社会科学等の研究者や健康関連分野の活動に携わる方々にも、本学会が貴重な交流の場となるよう、学会活動を充実してゆきたいと存じます。本学会に興味のある方の積極的な参加を期待します。
日本疫学会の益々の発展のため、会員、評議員、理事・監事、名誉会員の皆様、学会活動へのご参加、ご支援、ご助言をよろしくお願い申し上げます。